訃報

先週、40年来の友人Oさんの訃報に接して、言葉を失った。
それを知らせてきた友人Nさんは、警察からの問い合わせでOさんのことを知った。Nさんは、その5日前に彼の来訪を受けたという。体調が悪く勤めも辞めた、といっていたそうで、1月に会ったときより驚くほど痩せていたという。病院嫌いのOさんは、病院へ行くこともなかったのだろう。

海で亡くなったとのことだが、詳しいことはまったくわからない。
一人暮らしで身寄りもほとんどなかった。葬儀は内輪で行われたのだろう。いや、葬儀があったのかどうかもわからない。

Oさんのことを、わたしたちは、どこへも聞きようがない。

Oさんと頻繁に会わなくなっても、年に1回か2回は会っていた。今年も、涼しくなったら皆で集まるつもりだった。なぜ、その前に突然逝ってしまったのか。
テレビの台風の中継で、海を見てOさんのことをずっと思っていた。饒舌だったOさんの声が耳から離れない。Oさん、最後はあまりに寡黙すぎないか。

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(Oさんの誕生日5月に咲いていた花。芍薬)

3年ほど前に、家に皆で集まったとき、Oさんは、「いい人生だったと思っている」と、唐突にいった。早い述懐だな、と、たぶん、皆思った。Oさんは、夫と同じ会社に勤めていたが、早い時期に会社を辞めて、フリーターになった。初めの頃は漫画家を目指していた。ある時期から、漫画を描かなくなり、その後も職業を転々として、ずっとフリーターだった。正規で雇いたい、と経営者にいわれたこともあったそうだが、断ったといっていた。彼は経営者を信用していなかったのだ。

「いろんな経験をさせてもらって、おもしろかった、いい人生だったと思っている」と、Oさんは、いっていたが、本当に最後までそう思っていたのかどうか、わからない。

人は、人が幸せだったかどうか、推し量ること自体が僭越だろう。
Oさんは、わたしたちの貴重な友人だった。忘れることは、決してない。


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プロフィール

風のミランダ

興味の対象は演劇、映画、文学です。趣味は彫刻、写仏、乗馬など。何十年も生きてきて、話題盛りだくさん、といきたいところですが、あんがい狭い?