『検察官』劇団東演 感想

『検察官』劇団東演 感想
11月21日 夜 名演例会
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(左端:演出家ベリャコーヴィッチ)

作:N・ゴーゴリ
翻訳:佐藤史郎
演出、美術:V・ベリャコーヴィッチ、O・レウシン

市長:能登剛
フレスタコフ:南保大樹

(あらすじ)
ロシアのある地方都市。有力者たちの賄賂、不正が横行するなか、市長のもとに、情報がはいった。「首都ペテルブルグから、賄賂不正を取り締る検察官がお忍びでやってくる」と。
折しも、街はずれの安宿に滞在していた若い下級役人、フレスタコフ。博打ですって一文無し。
それがどういうわけだか検察官に間違われた。有力者たちは彼に群がり、歓待し、袖の下を出しまくる。
調子づいたフレスタコフは、デタラメ話で有力者たちを翻弄し、市長の妻と娘を籠絡する。お祭りムードが最高潮になったとき、フレスタコフが遁走。めでたし、めでたしの物語。なのか?

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(感想)
いつの時代にも、人間社会があれば、賄賂、不正が横行する。成熟した品行方正の社会は夢なのだろうか。
・・・なんてしかつめらしいことを、考えない、感じさせない、嵐のような舞台。お祭り好きにはたまらなく嬉しい時間だった。

最初のうち、早口のセリフが聞き取りにくいと感じたが、郵便局長やボブチンスキー、ドブチンスキーが登場するにおよんで、一挙に物語の中にはいりこんでいった。
郵便局長はなぜか六足歩行の昆虫のように奇怪だし、ボブチンスキー、ドブチンスキーは、双子のトゥイードルダムとトゥイードルディーの漫才版のようなおかしみがある。
存在のおかしみでいえば、フレスタコフの従者オシップもそうだし、市長の娘マリアは仰天のユニークさだ。

基調となる音楽は楽しくにぎやかで、ときおり賛美歌がはさまれていた。この讃美歌には心をつかまれる。猥雑の裂け目にある崇高さ。なぜここに崇高さを挿入するのか謎だが、その謎がまた魅力だ。
限界のその境界を、超えるほどまで動き続ける身体表現もすばらしい。
フレスタコフが酔っ払っているのを観ながら、しだいに酔っ払っているのは私のほうだと感じられた。

たぶん私はかすかな笑い声で、夜中に目を覚ましたのだ。暗闇に扉が見えた。そこから音楽が聞こえてくる。扉を開けると、にぎやかな音楽とともに、はなやかな世界が目の前にひろがった。色とりどりの衣装の妖精たちが、騒いでいる。飛び跳ね、踊り、なにかを真剣に訴えたり、目を白黒させている。
その表情や動作が人間とはどこかズレていて、かぎりなくおかしい。

そのうち、ズルくて見栄っ張りのダメ男フレスタコフが、可愛らしく見えてきてしまった。いや、この異世界の人びとは皆、悪事にも恋にもおそろしく真剣で、それがひどく愛らしいのだった。

ベリャコーヴィッチ氏が幼い頃から感じていた居心地悪さや違和感が、溜まりに溜まって噴出するとき、過剰なデフォルメとなるのか。現実を異化する力のすごさ。確乎とした異世界の構築。なんと魅惑的な昇華だろう。心地よさ、はなやかさ、自由さ。人間の本来的な欲求や憧れを、心ゆくまで追体験させてくれたベリャコーヴィッチ氏と、役者さんたちに、改めて拍手を送りたい。










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プロフィール

風のミランダ

興味の対象は演劇、映画、文学です。趣味は彫刻、写仏、乗馬など。何十年も生きてきて、話題盛りだくさん、といきたいところですが、あんがい狭い?