京都:無鄰菴;山縣有朋は天から見ているか

10月22日に1泊でいった京都旅行のつづきです。
平安神宮の参道で時代祭を観て、終わったのが4時くらい。
宿へいく方向に無鄰菴(むりんあん)があったので、そこで庭を観ながらお茶を飲む。

1-PA228812.jpg

無鄰菴は山縣有朋の別邸。

1-PA228814.jpg

静けさと平和は、真実であり、「正義」とは無縁のもの。

1-PA228816.jpg

幾時代かの争い、殺戮を経て、

1-PA228815.jpg

ここにあるのは、ただ静けさ。

この頃、よく思うのは、ひとはひとをコントロールしようとしていないか、よく考えてみる必要があるということ。
おおきな情勢のことはよくわからない。けれど、身近でひととの摩擦や悪い感情がおこるとき、それはひとが、自分のエゴや利益のために「正義」をかざして他人をコントロールしようとしているからだと気づく。

大国は「正義」のために小国をコントロールした。そのことにひとが気づくために、なにをしたらいいのだろう。

山縣有朋は天から見ているか。無鄰菴のこの別邸を。ここのみにある静けさと平和が、結局はおのれが去ったあとにのこした真実のものであったと。ほかいっさいは迷妄であると。

コメント

非公開コメント

プロフィール

風のミランダ

興味の対象は演劇、映画、文学です。趣味は彫刻、写仏、乗馬など。何十年も生きてきて、話題盛りだくさん、といきたいところですが、あんがい狭い?