「気」的生活:ペルー旅行感想

地球じゃないところへ行ってきた。よく生きて帰ってきた。それがペルーから帰って思ったことだった。
いちばん記憶にやきついたのは、マチュピチュでもナスカでもなく、高山病に苦しみながら見たシルスタニ遺跡であり、思いがけず乗ることになった軍用機だった。

苦しさや怖さは記憶を強化する触媒なのだろうか。
日常の生活では、苦しみや恐怖をともなう経験は、忘れようとする意識がつよくはたらく。思いだしたくないから記憶に蓋をする。

では、高山病の苦しさは、ほんとうの苦しさではなく、軍用機は怖さとはべつの経験だったのだろうか。
そう、たぶんそうなのだろう。シルスタニの記憶は変性意識状態で見たこの世ではない、地球とは思えないけしきの体感だった。軍用機は、乗ってしまえば感じるのは怖さではなく、飛行することの麻薬的なまでの愉悦だった。

サン=テグジュペリは、着地失敗で機体を破損させ、除隊命令をうけても、飛行機操縦をやめなかったし、何度も前線への危険な飛行を志願している。ウィキペディアでの記事を見るかぎりでは、彼にはなにか絶望的な経験による暗い欲望があったようにも思える。しかし、あるいは根っからのロマンチストで、日常の雑事からはなれたはるかな高みで、にんげんや、にんげんの作ってきたものを俯瞰することを楽しんでいたのかもしれない。『星の王子さま』の結末はペシミスティックだ。ロマンチストでペシミスト。それはわたしだ、と、きっとおおくのひとがそう思うことだろう。

あれから飛行機には乗っていない。大型の旅客機と中型のスリムな飛行機とはべつの乗り物だ。

弟への土産に、スペイン語の厚めのグラビア雑誌とケーナを買った。
ケーナは楽器店へ寄るひまがなく、現地のガイドが手配してくれたものだ。雑誌は、弟が趣味でスペイン語を勉強していたので買った。極度の高所恐怖症だった弟は、けっきょくスペインにも行かず、それどころかいちども飛行機に乗らず、空へ帰った。両親は国内だけれど何度も飛行機に乗っているので、弟だけが乗らなかったことになる。いまごろは、空のたかみでくすくす笑いながらわたしたちを見ているのかもしれない。

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下のケーナが弟にあげたもの。亡きあとは、わたしのケーナと一緒に居間に飾ってある。ケーナは吹くどころか、まったく音がでない。むずかしい楽器だ。

なぜスペイン語を勉強しているのかと、聞いたことがある。世界でいちばんおおく話されている言語だから、と弟はいった。それはちょっと不正確かもしれない。いまやいちばんおおく話されているのは中国語だろう。
弟は、とくにスペインへ行きたかったわけでもないようだった。

先日、弟の部屋を見たら、壁にマチュピチュの写真が飾ってあるのに気がついた。行きたかったのだろうな、マチュピチュ。
わたしが弟のうつ病で苦しんでいたとき、病気は弟自身の問題であってわたしの問題ではない、どうしてわたしが苦しむのだ、それはちがうだろう、といった友人がいた。

それはたしかに弟の問題だったかもしれない。けれど同時にわたしたち家族の問題でもあった。世界にひとりでも苦しむひとがいれば、ひとは幸福にはなれない、と思ったのもその頃だ。偽善だといわれた。けれど、いつわりのない気持ちだった。
弟は、いろんなことに気づかせてくれた。弟自身もいろんな気づきがあっただろうと思う。

弟は、マチュピチュへ行けなくてかわいそうだったろうか。
それは弟の問題だから、とそのことについては考える。ひとにはほかのひとに想像もできない考えや感情がある。だから、わたしの物差しで、弟を見るのはやめようと思っている。

ところで、パリが好きで何度も訪れたことのある男性が、わたしがペルーへ行ったことを聞いて、「うーん、あんなところへ行く気がしれない」といった。70歳くらいだったろうか、おしゃれで上品な男性だった。

パリへは行ったことがない。たしかにペルーへ行くまでは、ヨーロッパの洒落た街にあこがれがあった。いまでもないとはいえない。けれど、地球じゃないみたいなところもまたいいものだ。ペルーから帰った頃は、旅行なら大自然に触れられるところにかぎるとさえ思った。
地球じゃないところ、それはなにか、臨死体験してまたこちらの世界へもどってきたかんじなのだ。

あんなところから帰ってきた、もう死ぬのは怖くない。だってあちらはすばらしいところだもの。でも、帰ってきた、こちらの世界もあいしている、と。






コメント

Fermat

最後の感想で全体がひとつにまとまって、素晴らしい旅行記になりましたね。
……なんて、偉そうな感想スミマセン。国語の教師みたいですよね。でも、偽らざる気持ちです。いろんなことを、考えさせられました。ありがとうございます。

僕も”地球じゃないようなところ”も、お洒落な都会も両方好きです。都会にしても、パリとかフィレンツェのような西洋も好きだし、インドやベトナムのようなアジアも好きです。節操もなく何でも好きなだけですけど……。でもまあ最近は、休暇というとどうしても国内に目が向いてしまいます。山奥の温泉でのんびりするか、せいぜい京都で雅な都会を楽しむか……。要するに楽したいんですよね。歳のせいだと思います。ちょっと寂しい気もしますが……。
でも、どうしても行ってみたい……というか暮らしてみたいところがあって、それはグリーンランドのシオラパルクです。冬至の前後何ヶ月かは太陽の昇らない土地ですが、そこで何ヶ月かの朝の来ない夜を過ごして、太陽が還ってくる日を経験してみたいなあと。ついでにアッパリアスという渡り鳥を網で獲って、キビヤックという鳥の漬け物を作って(アッパリアスをアザラシのお腹のなかに詰めて作る漬け物です)食べてみたいです。なんで、そんなことしたいのか、自分でもよくわかりませんが……。^−^;

飛行機のことで、ひとつ気がついたことがあります。僕も、嫌いなのはあの大きな旅客機で、小さな飛行機は好きでした。昔、鹿児島で水上飛行艇に乗ったことがあります。4人乗りの、人の乗る部分は軽自動車よりも狭いくらいの飛行機なのですが、鹿児島空港を飛び立って、錦江湾に降りて、さらに南のなんとかいう湖に着水しました。滑らかな薄い石を水面に投げて遊ぶ遊びがありますよね。僕の田舎では水切りと呼んでましたが、石を水面をツツツッと滑るように跳ねさせる、あの遊びです。水上飛行艇はちょうどそんな感じで、高い空から矢のように水面にむかって急降下して、ツツツーッと海や湖に自由自在に着水しては、また一気に空へと駆けあがるのですが、飛行機が嫌いなはずなのに、その感覚は快感以外の何者でもありませんでした。大きな金属の筒に、非人間的にギュウギュウ詰めにされて運ばれるのが嫌なだけだったことに、ミランダさんの今回のブログを読んで、はっきり気づきました。サン=テグジュペリの気持ち、よくわかる気がします。そういえば、宮崎駿の「紅の豚」は、僕の最も好きな映画のひとつでした。

風のミランダ

Re: タイトルなし
Fermatさん、こんばんは。
コメント、ありがとうございます。v-254

お褒めのことばをいただき、身に余る光栄です。国語の教師みたい? いいえ、いいえ、そんなことはまったく思いません。「偉そうな感想」とおっしゃられると、わたしもこんど感想をもうしあげるとき、ひとこと書かなくてはならないじゃないですか。(^-^;)

シオラパルク、ちょっと調べてみました。なんにもないところですね、みごとな雪原以外は。で、アッパリアスにキビヤック? Fermatさんは食べ物にものすごい関心をお持ちなんですね。(*^-^*)あっぱれです。
わたしは、この次も地球に生まれなくちゃならないとしたら、フィンランドあたりがいいかなと思っています。それを聞いた友人、飽きるくらい外国へ旅行しているひとですが、フィンランドは白夜があって住みにくいところだといっていました。そうですね、太陽が恋しくなったら、イタリアの別荘へ行くことにします。

ところで、シオラパルクの白夜のあとで、太陽がのぼる朝を迎えるのは感激でしょうね。まるで木村さんが、無農薬のリンゴの木に花がいっせいに咲いている光景をはじめて目にしたときのように! 

水上飛行艇を調べたのですが、自衛隊の飛行艇しか載っていません。乗られたのは、自衛隊機だったのでしょうか。わたしが見たYou Tubeでは、着水するときにいちど小さくバウンドしていました。やはり操縦士の技術があってこその飛行の快感ですね。

『虹の豚』は残念ながら観ていません。こんど機会があったら観てみます。

たくさんの感想、感謝します。ほんとうにありがとうございました。(*^-^*)v-353




Fermat

その当時、日本に二機だけ自家用の飛行艇がありました。一機は福島県だったかのホテルが所有していて、もう一機は鹿児島のお金持ちの、面白いおじさんが所有していました。その鹿児島の面白いおじさんに乗せてもらいました。おじさんといっても結構な高齢で、鹿児島空港で初めてお会いしたとき、手が小刻みに震えているのがとても気になりました。「まさかこの人が自分で操縦するわけじゃないよなあ」と、失礼ながらちょっと嫌な予感がしたのですが、嫌な予感は的中し、おじさんは震える手で操縦席に座ったのでした。
ところが、操縦桿を握った途端にその震えはピタリととまり、まるで自転車にまたがるような気楽さで、おじさんは素晴らしい操縦の腕を見せてくれたのでした。後で聞いたら、アクロバット飛行の名手で、パイロットの教官も務めていた人でした。

シオラパルクには探検家の植村さんが北極を犬ぞりで横断したときにサポートした、大島さんという方が住んでいます。彼はそこで地元の女性と結婚し、今はもう孫もかなり大きくなっているはずです。大島さんは、エスキモーの猟師として生計を立て家族を養いました。彼の生活は、僕の見果てぬ夢のようなものです。ちなみに、大島さんの作るキビヤックは、地元の人たちの間でもいちばん美味しいと評判なのだそうです。

紅の豚、お薦めです。浮遊感がたまりません^−^

風のミランダ

Re: Re: タイトルなし
Fermatさんへ

わ、笑いました・・・。震えているけれど、操縦桿を握ったとたんにぴたりと止まる。漫画ではよくあるパターンですが、現実にそういうかたに遭遇されたとは。「おじさん」を侮るなかれ、ですね。

エスキモーの生活は過酷でしょう。けれどそれを補って余りある魅力があるのですね。自然との一体感、根源的な生の欲求をみたすもの・・・。じっさいに体験してみないとわからないかもしれないです。

『紅の豚』浮遊感ですか。それはぜひ、観てみます。(さっき、まちがって、虹の豚と書いていましたね)
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プロフィール

風のミランダ

興味の対象は演劇、映画、文学です。趣味は彫刻、写仏、乗馬など。何十年も生きてきて、話題盛りだくさん、といきたいところですが、あんがい狭い?