「気」的生活:マチュピチュ 1

クスコに泊まった翌朝、列車でマチュピチュへむかう。クスコの標高は3400メートル。マチュピチュは2400メートル。高山病で調子がわるかったひとも、マチュピチュへ行けばらくになる。前夜、調子がわるかった夫は、朝起きたときにはすっかりよくなっていた。

これを書くにあたって夫に聞いてみた。
「翌朝には回復していたよね」
「うん」
「頭痛だったの?」
「いや、呼吸困難だった。風邪かもしれない」

たしかに、夫は日常的に「呼吸がくるしい」と、よくいう。心臓にちょっとばかり所見の記載があるが、べつに心配するようなものではないと医者にいわれた。けれど、夫はその所見をふりかざし、おおげさにいう癖がある。呼吸がくるしい、というセリフは聞き飽きていてインパクトがない。風邪だったのかもしれない、という程度の高山病だろう。おかげで巨大な大時代的酸素ボンベを見られたけれど。

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クスコの街。車窓より撮影。

クスコからマチュピチュまで、所要時間はいま調べたところ、4時間ほど。マチュピチュ村(旧アグアス・カリエンテス村)でおり、そこからバスに乗る。せまい山道を蛇行しながら登るシャトルバスで、30分ほど。

おりるとすぐに入り口だった。いよいよ天空の都市にはいる。

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この位置からのマチュピチュはよく写真に載っている。
マチュピチュは、老いた峰という意味。遺跡のすぐ背後の高い山がワイナピチュで、意味は、わかい峰。
(ワイナピチュがなかば雲におおわれている写真を見たことがある。幻想的な光景だ)

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上の写真の左側。谷が深い。

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おなじく右側。

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おなじく右側の下のほう。

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当時、石組みの上には、このように屋根があった。

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ひとが何人も、ちいさく写っている。

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これにもひとがちいさく写っている。

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(マチュピチュつづく)

コメント

Fermat

なるほど、草葺きの屋根がついていたのですね。その遺跡の建物全部にその屋根がついていたとすると……。実際にマチュピチュに人が住んでいた頃の景色は、ずいぶん今のイメージと違いますね。山の上の可愛い集落……みたいな??
しかし、それにしても、その石はどうやって運び上げたのだろう……。

風のミランダ

Re: タイトルなし
Fermatさん、コメント、ありがとうございます。v-297

そうなんです。当時は、いまわたしたちが見ている石組みの光景とはちがう光景です。おっしゃるように山の上のかわいい集落。住人のほとんどが女性だったという説もあったと思います。ただ、ほんとうに断崖絶壁なんです。なぜ、わざわざ? という疑問はあります。それに、たしかに、どうやって石を運んだのか。巨石文明の謎として、いつもそれがありますよね。
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プロフィール

風のミランダ

興味の対象は演劇、映画、文学です。趣味は彫刻、写仏、乗馬など。何十年も生きてきて、話題盛りだくさん、といきたいところですが、あんがい狭い?