合気道と「気」:その4 松の葉

名古屋地方気象台は、平和公園や東山公園(動植物園)のちかくにあり、名古屋でも比較的すずしく自然にめぐまれた場所にあります。よって酷暑名古屋の公式最高気温は、名古屋の下町や繁華街の住人にとっては、すずしい高級住宅地の気温、あるいは、転勤族のマンションのある場所の、ちょっとはすごしやすい気温なのです。
T課長のすまいは、そのちかくにありました。

会社の男性の多くが東京本社からの転勤族で、T課長もKさんもそのひとり。
Kさんはお酒のせいか色黒で、がっしりていて愛嬌のある顔、T課長は色白で小柄な貴公子というタイプでした。

先生やT課長にかんする情報はぜんぶKさんがもたらしたものです。おしゃべり好きのおばさんタイプかな。
Kさん「あのさ、T課長、毎朝ジョギングしてるんだって。それで、ジョギングのとちゅうで松の葉っぱをむしゃむしゃ食うんだって」

めしあがったのは、東山公園の松だったと思います。たしかに松の葉は抗酸化物質などが豊富で仙人の食べ物といわれます。が、いくら東山公園の松だって、人跡未踏の地であるわけがなく、車の排気ガスをかぶっていて汚いんじゃないでしょうか。
それに、松の葉、あのまま食べるには舌ざわりがあまりに悪そう。

課長は、いまでいえば健康オタクでした。合気道に熱心で毎朝ジョギングし、松の葉を食するのもいとわない。昼には食堂で玄米が詰められただけの弁当を、時間をかけて噛みかみされていた。ここまでくると、ただの健康オタクではなく、もはや求道者。
くわえて、毎日英会話の教室にかよっていらした。しかも朝と晩2回、おなじ授業にでられるのです。
にこやかにK課長、「おなじ授業を2回聞けば、よくおぼえられます」

そりゃそうでしょう。そうなんでしょうが・・・。

会社には貴公子然としたかたは、ほかにもいました。けれど、T課長は俗世にまみれない雰囲気をおもちでした。
Kさんが茶目っ気たっぷりに耳打ちします。「課長、あんなもの食べて、なにがたのしいんだ。長生きして、なにがおもしろいんだ」

若かったわたしも、Kさんとおなじ思いでした。
その頃のT課長は43歳くらい。こどもの頃の課長は虚弱体質だったのかもしれません。それを克服しようとされたのかも。

合気道の稽古のあとで飲みにいくと、課長がまっさきに注文するのはモズクでした。わたしは、このときはじめてモズクという健康食を知りました。ともかく、健康にいいことはすべてこころみられる。脳の鍛錬もしかり。

いま、わたしはその頃の課長の年齢をとうにこえました。超人と思えたT課長にも、人間らしいところがあったと、いまになって思います。いちばん人間らしい部分、それは恐怖心です。

健康でいなくてはならないと思うのは、病み、死ぬことへの恐怖があるからです。脳の鍛錬につとめ、日々精進と研鑽をおこたらないのは、老いていくことへの恐怖があるから。
42歳で肺炎になったわたしの経験からいえば、それ以後はちょっと風邪をひいただけでも、死ぬんじゃないかしら、と思ってしまう。見慣れた世界から断絶されることへの恐怖心。この一瞬間に在ることへの信頼の欠如、愛の欠如。

けれど、仮にそうであったとしても、そのような恐怖心はだれにもあり、それを指摘するのはわたし、あまりに意地悪ですね。超人にもどこか人間的なところがあるはず、と思ってしまうのがいけないのかな。

ともかく、T課長、なみの人間にはおよびがたい、すぐれた資質をおもちでした。
松の葉のうわさを耳にしたあと、課長にうかがってみました。
「まだジョギングちゅうに松の葉を食べていらっしゃるのですか」
課長、にっこり笑って、
「ああ、あれはもうやめました」

課長の恐怖心からくる習慣は、すでに80歳をこえていらっしゃるはずの現在、まだつづいているとは思えません。むろん、健康に気をつけた食生活でしょうが、もはやエキセントリックではないでしょう。
日々精進し、内省するひとは、おそらくある時点で「そのこと」に気づく。まして、「気」の実在を体感し観想する合気道の達人ならなおさら。

そのこと。それをうまくいえないのがもどかしい。

ともかく、T課長の超人ぶりはいまや仙人の域にたっし、ありふれた日常の、ありふれたものを食べ、ありふれた時間のなかで、ありふれた老人のようにほほえんでいられるのでしょう。けれど、それはけっして、ありふれてなんかいないのです。彼のすわる畳に水がながれ、霧が生じ、やがて彼をつつみこんでいく。おどろいて駆け寄ればすでに彼のすがたはなく、ただあかるい陽射しにてらされた畳の目が、みょうにくっきりと見えているのみ。

うーん、ちょっと想像しすぎ?
ちっとも「気」の本質へ到達しないな。

気をとりなおして次回へ。



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サンちゃんは、元気ですよ。この頃出番がないけど。

コメント

t.ishikawa

釈迦の出家も、四門出遊でしたよね。面白くなってきました。気の本質とは何でしょう? 次回が、楽しみ^−^

風のミランダ

Re: タイトルなし
t.ishikawaさん、こんばんは。

いつもコメント、ありがとうございます。
「四門出遊」ということば、恥ずかしながら知りませんでした。ググってみたら、そのエピソードは知っていたのですが。
根源的な問いなので、よくここへ引き戻されます。

ところで、合気道と気については、行き当たりばったりに書いているので、とても本質にたどりつくなどというだいそれたことはできそうもありません。深遠さにはほど遠いところで書いていますので、あまり期待なさらないでください。

次回は、1回、乗馬の話がはいります。v-230

ein-apfel

そうなんだ!!
合気道もされていたのですか。
だから、忙しいのですね。
秋になったら会いましょうと約束したのが、もう年末ですね。

ところで、ミランダさんの趣味の世界には、魅力的な人がいらっしゃいますね。

私の興味を持って参加する会には、小市民しか見つかっていません。
私に引き出す力が無いのでしょうか~。
私に魅力がないから出会えないのでしょうかねぇ。 (>_<)
私のレベルにくらべて、求めるものが高いのでしょうかねぇ。 (/・ω・)/

    


風のミランダ

Re: そうなんだ!!
ein-apfelさん、こんばんは。

合気道は会社にいた頃やっていただけで、30何年も前の話です。
apfelさんは、会社に合気道部ができたのをご存じなかったのですね。会社ではたらくのは心身ともにひどく苦痛でしたが、年月を経てみると、おもしろいこともあったのだと思いました。

友だちがほしいということなら、名古屋演劇鑑賞会(名演)は、おすすめですよ。岡崎にも鑑賞会があります。
名演は話好きの人、話のわかる人が多いですよ。鑑賞するだけじゃなくて、いろんな催しもあります。例会のお手伝いをしたり、感想を話しあったりするうちに、仲良くなれます。

いろんな教室へ行きましたが、話があう人はそうは見つからないものです。

秋に会いましょうの件、家へお招きしようと思っていたのですが、なかなか家のなかを片づける時間がありませんでした。来年、メールをいれます。雪の心配がない頃になるかもしれませんが、馬でも見に行きましょうか?
v-230


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プロフィール

風のミランダ

興味の対象は演劇、映画、文学です。趣味は彫刻、写仏、乗馬など。何十年も生きてきて、話題盛りだくさん、といきたいところですが、あんがい狭い?