FC2ブログ

『京都・イケズの正体』石川拓治著 感想

『京都・イケズの正体』石川拓治著


fullsizeoutput_910_convert_20180108165724.jpeg 


 先頃話題になった別の著者の『京都嫌い』を読んでいないが、見出しやコメントは目にしたことがある。京都に住む著者の「京都嫌い」だから、読者はイケズについて「あるある」と、溜飲をさげたり、矜恃や劣等感をあじわったりする内容のものらしい。


 ところで、『京都・イケズの正体』の著者は茨城出身の東京人である。よってこの本は、若い頃からの京都好きが高じてどうしても京都について書かないではいられなかった、という、じつは京都愛に満ちたものである。


 著者はこれまで、実際には「京都のイケズ」に出くわしたことがないようだ。文中には、店のことについてあれこれ辛口の意見をする老人が出てくるが、これはイケズというほどのことでもない。


 店や人の凛としたたたずまいから見えてくるものを通して、著者はイケズらしきものの正体に迫ろうとしている。


 冒頭に京番茶の話が出てくる。玉露などの高級茶の文化とは別に、粗野で生命力豊かな番茶の庶民の文化が紹介される。「はんなりや、みやびだけが京都ではない。京都の文化の根っこはもっと強靭で健かな生命力に支えられている」という記述を目にしたとき、たしかに、強靭でしたたかな精神の核から、イケズという矜持の正体が見えてくる気がした。


 イケズはしかし、目に見えるところに見てくれ、といわんばかりに横たわっているわけではない。石川氏は歴史ある文化に培われた「無意識」、あるいは「場の力」を考察する。見えてくるのは、ゆたかな自然を取りこみ続ける枠組(装置)である。古いものを受け継ぎながら常に新陳代謝を繰り返し、より洗練された心地よいものに変化していく独特の強靭な文化。それを見守り支えていく人たちの温かさ。・・・しかし、そのことに思いいたるとき、イケズは亡霊のように消えていく。


 ところで、イケズとは、ふつうに考えれば、虎の威を借るなんとか、で、それなら東京人のイケズ(地方への上から目線)のほうが、よほど実害があるように思う。人がヒエラルキーを形成する社会的動物である以上、仕方のないことではある。


 が、この本のイケズについての考察は、そのような構造とは無関係だ。よって、読後感がすこぶる良い。


 それにしても、この本、ほとんどが飲む、食べるに関することで、味覚をひどく刺激される。先日もらった京都のお茶があったな、と思って出してきたら、冒頭にあった京番茶の一保堂ではあったが、ほうじ茶だった。ほうじ茶を飲みながら、本場の京番茶の煙臭い味を想像した。「美人の妻といたいけな娘たち」のほほえましいエピソードを思い出しながら。


 いくつか店が紹介されていて、観光案内としても役にたつ。

 ただ、その中にひとつ、行ったことのある素敵な店があり、この本のせいで満員御礼となってしまわないか、それだけが気がかりではあった。

















コメントの投稿

非公開コメント

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

Re: タイトルなし

かやのたもさん、おめでとうございます。v-315
今年もよろしくお願い申しあげます。

長らく貴ブログが更新されず、コメント欄も去年で止まったままで、何かあったのかしらと気になっていました。万事順調でいらっしゃいますか。


プロフィール

風のミランダ

Author:風のミランダ
興味の対象は演劇、映画、文学です。趣味は彫刻、写仏、乗馬など。何十年も生きてきて、話題盛りだくさん、といきたいところですが、あんがい狭い?

カレンダー
10 | 2018/11 | 12
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
最新記事
カテゴリ
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

月別アーカイブ
最新コメント
検索フォーム
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
最新トラックバック
RSSリンクの表示
カウンター