悲観、楽観に傾かず、水平飛行でまいります。上空、笑い、いささか寒うございます。お乗りのかたは、マフラー、手袋をお忘れなく。
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先日、東京へ『エレクトラ』を観にいったとき、渋谷のコクーンで上演していたのが『フェードル』だった。『フェードル』についてまったく知識がなかったので、ポスターを見て、ふうん、大竹しのぶが主演なのね、と思っただけだった。

後日、『フェードル』を観た人から、
「いやあ、良かった。演劇史に残る名舞台だよ。演出が栗山民也だし」と、いわれた。
えっ、栗山民也!
「今度、刈谷に来るよ」
えっ、刈谷に。

その日の夜、帰って調べたら、ラシーヌ作ではないか。いや、昔、聞いたことがあるのだ、「ラシーヌの悲劇」ということばを。が、わたしは一度も観たことがない。有名な、あのラシーヌの悲劇か。栗山民也か。
良かったあ、刈谷に来るのか。もう、その夜のうちにチケットを予約した。

ちなみに、刈谷はわたしの住む愛知県にある。渋谷コクーンでの公演の後、刈谷に2公演
だけ予定されていたのだ。いやあ、なんという幸運。

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『フェードル』
5月6日 刈谷市総合文化センター

作:ジャン・ラシーヌ
翻訳:岩切正一郎
演出:栗山民也
キャスト:大竹しのぶ、平岳大、門脇麦、斉藤まりえ、藤井咲有里、キムラ緑子、今井清隆

ギリシャ神話に題材を得たラシーヌの最後の悲劇『フェードル』は、1677年が初演である。
(あらすじ)
夫(テゼ:今井清隆)の遠征中に義理の息子(イッポリット:平岳大)に恋をしたフェードル(大竹しのぶ)は、燃える思いを打ち明ける。しかし、イッポリットが思いを寄せていたのは、敵方で捕虜の身のアリシー(門脇麦)だった。
突然帰還したテゼ。フェードルの乳母(キムラ緑子)の嘘により国を追放されたイッポリットは、事故で死ぬ。
乳母の自殺とイッポリットの死を知ったフェードルは、毒薬を飲んで息絶える。

(感想)
ギリシャ神話の時代の人物が、神の縁戚であり、人間でもある、ということを改めて感じる舞台だった。
天空から巨大な神の吐き出すエネルギーが、見えるようだった。それはフェードルを頂点とした情念をもつ人間たちを翻弄し、吹き飛ばす。あわれな人間は吹き飛ばされる薄い紙のように無力でありながら、その情念はますます巨大化していく。神のエネルギーと人間とが渾然一体となって凄まじく吹き荒れる。

疾走感のある台詞と躍動感あふれる動き、加速する個々の情念のきらびやかな展開。それは演出家の精巧な統御によるものだと感じられた。
ラシーヌの言葉の巧みさもあるのだろう。

大竹しのぶのエネルギーが強大で、他を牽引しているのだが、乳母のキムラ緑子が負けてはいなかった。難しい役どころだが、絶妙な立ち位置で大竹と対峙していた。
また、門脇麦の堂々とした演技は、TVドラマでは想像できないものだった。

フェードルが息絶えると同時に黒い背景は朝の光がさすように斜めに白くなっていった。そこをイッポリットの血を浴びたアリシーが呆然と通りすぎていく。光は希望なのか、虚無なのか。震えがくるほど美しいラストシーンだ。
 
(上演時間2時間10分休憩なし)




[2017/05/18 20:20] | 演劇
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