悲観、楽観に傾かず、水平飛行でまいります。上空、笑い、いささか寒うございます。お乗りのかたは、マフラー、手袋をお忘れなく。

『エレクトラ』

世田谷パブリックシアター(4月15日)

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白石加代子、高畑充希

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横田栄司、中嶋朋子、村上虹郎、麿赤兒、仁村紗和


原作:アイスキュロス、ソポクレス、エウリピデス「ギリシャ悲劇より」

上演台本:笹部博司

演出:鵜山仁


高畑充希:エレクトラ

村上虹郎:オレステス

中嶋朋子:イピゲネイア

横田栄司:アイギストス/神官

仁村紗和:クリュソテミス

麿赤兒:アガメムノン/老人/アポロン/トアス王

白石加代子:クリュタイメストラ・アテナ


(あらすじ)

 ギリシャ軍の総司令官アガメムノンは、長女イピゲネイアを生贄としてさしだすことで、トロイ戦争を終結させた。が、帰還したアガメムノンは、妻クリュタイメストラとその愛人アイギストスに殺される。

 次女エレクトラは父の仇を討つために弟オレステスとはかり母クリュタイメストラとその愛人を殺す。

 死刑を宣告されたオレステスは故郷を追放され、生贄にされる直前に長女のイピゲネイアに邂逅する。イピゲネイアは生贄にはならず、生贄を祀る役割をあてられて生きていたのだった。長女と弟は故郷に戻り、エレクトラとともに、アテナ女神の降臨にあい、教えと導きを受けるのだった。


(舞台)

 下手に生演奏装置がある。コロスはない。


(感想)

 アガメムノンの殺害からはじまる舞台は、その後、母と姉妹のセリフによって状況が説明された。セリフが長い、というギャグが一箇所あったが、たしかに、特に導入部での長いセリフで状況を知ることになるのは少々つらい。が、状況がわかってくる頃には、行方知れずだった弟のオレステスが戻り、物語に動きがでてきたように感じられた。

 父を殺害した母を殺そうとするエレクトラの懊悩は、ハムレット的であると感じ、いや、ハムレットの懊悩の源泉はエレクトラなのだと思い至る。2000年前のエレクトラ、500年前のハムレット、その激情と苦悩の塊が時を経て現在という時間になだれこんでいる、その凄まじい力を感じることが快感だ。

 1幕の最後に殺されたクリュタイメストラが黄泉の国で復活し、復讐の女神を煽る。激情の塊の噴出。そのおどろおどろしい祝祭的演出が楽しかった。


 2幕めで、死んだはずのイピゲネイアが登場し、物語は新たな展開を迎える。最後はアテナ女神の降臨で終わるのだが、このような説諭の結末でカタルシスをあじわうには、ギリシャ的世界観に馴染みがあったほうがいいかもしれない。


 アテナ女神はいう「わたしたちは人にまぼろしを見せるのです。人はその中で苦しみ、悩み、愛する、それでいいのです。それが自然なのです」 

 また、「復讐に復讐をかさねていく憎しみの連鎖は絶たねばならない」というセリフもあり、現在の社会情勢とかさなるところが不気味で身近に感じられた。


 白石加代子と対峙するエレクトラの高畑充希がすばらしい。最初の一声で魅了された。その透明感のある強い声と、時にはコミカルに、多様に表現できる器量がすごい。

 また、イピゲネイア中嶋朋子の17年におよぶ孤独と苦しみの独白が胸を打った。

 

 ギリシャ悲劇だからむずかしい、という声をまわりで耳にした。聞き慣れない名前がそう思わせるところはあるだろう。が、たしかに、例えば最近観た平幹二朗の『王女メディア』に比べると、終盤一気にクライマックスという構造ではない。コロスもない。エレクトラとオレステス、イピゲネイアとオレステスの、長い対話に動的な力を持ちこむ構造といえるので、ストーリーの流れ自体によるカタストロフィの効果がむずかしいという気がした。

 

 が、ともかく完成度が高く可能性を感じさせる高畑と、感性鋭く深い感情の表現にたける中嶋が印象的だった。白石加代子と麿赤兒のふたりの怪物(=神!)の妙味はいうまでもなく、ほかの役者の熱演もあって、心地よく楽しめる舞台だった。


(注:セリフは記憶によるもので、細かい表現は違うかもしれません)


[2017/04/20 21:00] | 演劇
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