悲観、楽観に傾かず、水平飛行でまいります。上空、笑い、いささか寒うございます。お乗りのかたは、マフラー、手袋をお忘れなく。
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数日前に3分咲きから5分咲きだったソメイヨシノが、今日は満開に近い。雨が多くて気味悪いくらいに暖かい。これは数日前の夕方のソメイヨシノ。

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これが今朝のソメイヨシノ。(同じ場所ではない)

咲きはじめはピンクが強く、開くにつれてはかなげな色になり、ひとひら、ひとひらとこぼれ落ちて心をまどわせる、罪な桜。そしていっせいに散りゆく頃には、もうあきらめの静かな心で、世界が降りしきる花の細片にうずもれていくのを観ている。自意識がこぼれ、ほどけて細片になり世界をうめつくす光景を、散る桜にかさねて観ている。

「縦長視界不覚異常」
今週、お経を聞いたせいか、今日のお題はお経ぽい。

ところで、見た夢のことを、何かのきっかけで突然思いだすことがある。
このあいだテレビを見ていたら菜の花畑が映しだされた。で、突然、あ、わたし菜の花畑を夢で見たわ、と気づく。テレビで映されなかったら、そんな夢を見たことは忘れたままだったろう。

夢のなかで菜の花畑は、ほかの何か、たとえば赤い花や樹木や空と、色どりよく段重ねになっていた。あまりの見事さに、スマホのカメラで撮ろうとしたが、カメラがなかった。惜しいなあと思いながら見ていた。

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これはその夢を見た数日後にでくわした光景。
夢よりはずいぶん粗雑で単純だ。

夢のなかでは気づかなかったが、視界が縦長だった。スマホの画面のように。
それを夢で見ているときは、すこしも不自然と思わないのだ。
ふだんは意識しないが、見ているこの世界は横長ではないだろうか。目が横並びだから。
すると、夢のなかでは、目が縦並びについていたことになる。

縦並びの目を持つ顔を想像してみた。
とうてい美的とは思えない。

美的とは思えないものが、美を観ていたのだ。
なあんだ、現実と同じじゃないか。

それでも、縦並びの目を持つものの意識とは、現実のわたしの意識とはちがっているはずだ。再現しようとして、目をしかめていたら、めまいがした。
縦長視界が顔で固定されたら異様なので、このへんでやめておこうと思った。






[2017/04/08 12:40] |
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