悲観、楽観に傾かず、水平飛行でまいります。上空、笑い、いささか寒うございます。お乗りのかたは、マフラー、手袋をお忘れなく。
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(雪化粧の今朝のガブリエル。いちばん雪の降りやすい時期にセンター試験では、受験生がかわいそう。電車やバスが動くかと、よけいなことで気をもむ。どうして時期を変えないのだろう)

去年の9月15日に、WAONで買った金額が888円で、その残額が999円だった話を前々回に書いた。その後も、その記事を書いたのが1月11日だったりと、ゾロ目がぞろぞろでてきてびっくりだった。

ところで、去年9月15日、じつはその日、もっとゾロ目の襲来に会っていたのだ。
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(9月15日の手帳のメモ↑)
手帳にそのことを書き留めておいたのを、すっかり忘れていた。このメモは、その日に起こったゾロ目のすべてだ。(これを写真に撮ってブログに載せるなら、もっときれいな字で書いておくのだったと反省。おお、しかも、漢字が間違っている!)

さて、このFC2ブログは、記事を書き始めた時間が自動的に表記される。その日、ブログをアップしようとして投稿日時指定欄が22:22となっているのを発見した。
けれど、いつもの習慣で、アップするときはその15分後くらいに書き換えている。(そのほうがFC2ブログ読者への通知が少しは長くなる、という本当か嘘かわからないが、そう聞いているため)

22:22を消すのはもったいないと思った。が、意図的にこの数字をいれることもできるので、そのまま書き換えないでアップしても、偶然ゾロ目がでたことの証拠にはならない。

ブログを投稿してから風呂にはいった。その前に、体重を測った。44、40キロだった。最後の0を無視すれば、これも444のゾロ目。
(ちなみに、最近3キロやせた、と思ったのは2キロの間違いだった。高校生の頃から体重が45キロに近づくと、なんらかのクライシスが起こって42キロ台になる。どうやらわたしの身体は、43キロ弱が好きらしい)

そして、この日の最後のゾロ目は、湯船にはいったとき。デジタル時計が12:12と、ゾロ目の行進だったのだ。

つまり、夕方、WAONで買い物をしたときから始まったゾロ目は、以後6時間のうちに、こんなふうに連続出現した。
888、999、22:22、444、12:12。
 
で、9月9日の弟の誕生日から11日後に父が逝き、葬儀が22日だったのは前回の記事のとおりである。

お骨あげの経験は何回かある。
焼きあがったお骨を目にすると、それまでの感情が一旦はそこで浄化されたように感じる。
父のときもそうだった。あの真っ白な骨を見ると、死が不可逆的であるという理解以上の何かがもたらされる。

さて、人間の骨で面積の広いところは骨盤である。父の骨盤は、砕けもせずに残っていた。その白く広い面積の左側の骨盤に、Yの字がくっきりと黒く刻印されていた。いや、刻印ではなく、Yの字の形に焼けて抜け落ちた跡がはっきりと見えたのだった。
こんなふうに、
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これは、今朝、プランターに積もった雪に枝でわたしがYの字を書いたものだ。
骨盤に現れたYの字は、雪を骨盤とすると、このYの字よりも小さかった。

ところで、亡き弟の名前の頭文字は、Yなのである。
父の骨盤にこのYを見たとき、弟が合図をよこしたのだと思った。
「安心して。無事おとうさんを迎えましたよ」と。

そうだ、わたしは、弟が父を迎えに来たのだろうか、父は弟に会えたのだろうか、と気になっていたのだ。
そのわたしに答えるように、弟がよこした合図、Y。

これまでの何回かのお骨あげでは、こんな文字様のものは見たことがなかった。
わたしがYの字に気づくと、母も魔女叔母も驚き、親戚の中でわたしたちだけが色めき立ってしまった。Yの字をスマホで撮影しようとして、係の人に止められた。不謹慎ということなのだろう。

いや、わたしたちには、弟がなんとかしてわたしたちに父の無事を伝えようとして起こした奇跡に思えたのだったけれど。

祭壇の写真
父が生前、葬式にはこれを使って、といっていた写真は、40代くらいの写真だった。ところが、その写真は40代で逝った息子より若く見えるのだ。
90歳で逝った父が、息子より若く見える写真、いくら何でも、それはないだろう、とわたしたちは思い、数年前に満開の桜をバックに撮った写真を用意した。その父の顔は微笑んでいて、皆に、特にお坊さんに評判が良かった。
(結局、40代の父の写真は紹介写真で使うことになったが)

火葬場から葬儀会場へ帰るとき、ひどく渋滞した。会場へ着いてから聞いたのだが、近くのイオンモールに森山直太朗が来ていたのだという。
森山直太朗といえば「さくら」がまず思いうかぶ。父の葬式用の写真の桜とシンクロしたなと思った。

で、今「さくら」の歌詞を見たのだけれど、
別れの歌なんですね。うーん、どこまでシンクロしちゃうんだ。

ところで、彼岸の時期に亡くなる人は、まっすぐに良いところへ行ける、などの言い伝えがあるらしい。去年の秋の彼岸の入りは9月19日だった。父は彼岸の入りの翌日に逝った。言い伝えは、残された者たちの慰めを目的としたものかもしれない。そうであるにしても、紆余曲折、艱難辛苦を経て、見事に生ききった父が、わるいはずがないだろう、と思うのだ。

「この世界は、目に見えるものだけで出来ているわけじゃないんだ」という、あるドラマの台詞を思いだしている。
わたしたちのいる所は、目に見えないものが、見えるものへと表現された世界だ、ということを改めて思う。

端的に芸術などの表現はむろんのこと、経済も政治も、日常の生活も、見えない意図や思いが見える形で表現されたもの。その意味では、すべての人が、見えない場所の蚕から、次から次へと不断に糸を繰り出してくる表現者なのだと。

[2017/01/14 22:00] | 不思議
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