悲観、楽観に傾かず、水平飛行でまいります。上空、笑い、いささか寒うございます。お乗りのかたは、マフラー、手袋をお忘れなく。
去年の9月15日、犬の散歩のついでに買い物をした。
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合計888円。
念のためにいえば、ふだん牛乳は生協などの宅配で買っている。(10gに切れている)バターはパンを作るときに使うが、ほかでの消費量は多くはない。カマンベールチーズの値段はよく変動する。

何がいいたいかといえば、この組み合わせで狙って888円のゾロ目にしたのではないということだ。

しかし、買い物で合計がゾロ目になることは、稀にある。
このときも、あ、ゾロ目だ、わあ、と思っただけだった。
が、レシートをよく見ると、

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WAONで888円支払っているのだが、支払った後WAON残額が999円になっている。
1枚のレシートに、888円と999円。これはめずらしい。

しかし、ゾロ目じたいは、そうめずらしいことではない。ふだんよく目にするのは、デジタル時計のゾロ目で、たとえば、3:33など。車ででかけると、その日のうちに、3:33、4:44、5:55と、3回くらい目にすることがある。そういうときは、あ、この流れでいいのだな、と思う。OK、その調子、と合図されたように感じる。

(この記事を書いている途中に車で買い物にでた。行きに3:33を目にし、帰りに4:44を見た)

デジタル時計のゾロ目は頻繁に見るので、そう気にはしない。888円と999円が同時にでる率とは比べ物にならない。
では、稀な出現率の888円と999円の同時ゾロ目は何の合図なのか、と、そのとき考えたわけではなかった。
妙なことがあるものだ、と思っただけだ。

9月といえば、父が亡くなった月である。
8月頃から父の食事量が減っていき、それまで酸素を昼間は鼻から、夜は酸素マスクだったのが、9月にはいって、昼間も酸素マスクになっていた。

父は20日に逝った。
つまり15日に888と999のゾロ目を見てから、5日後だった。

ゾロ目とは関係ないが、その前に、こんなことがあった。
9月のある夜、夫がでかけていて家にいなかった。
夫がいるとテレビの録画なんだか、ライブなんだか、えんえんと番組がながれている。
その日は夫がいなくて静かなので、ひさしぶりにCDを聴く気になった。

音楽のCDは300枚ほどある。その中から、たしかAIR(G線上のアリア)とシシリエンヌがあるのに惹かれてミカラ・ペトリのCDをとりだしてかけた。
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聴いているうち、ハッとした。
このCDは、亡き弟の形見だと。しかも、その日は弟の誕生日なのだ。9月9日。

それに気づいたとたんに、部屋中に弟の気配を感じた。弟が見守ってくれていると思った。
父の最後の時間が近づきつつあるのが不安だったが、弟が、大丈夫だよ、といってくれたような気がした。

ところで、888円と999円のゾロ目のレシート。
そのうちこれは父の死に関係があるのではないかと思いはじめていた。22日が危ないのかしらと。
それを聞いた夫が、死ぬ日か、葬式の日か、どっちだ、とあからさまにいうので、そんなことわかるわけがないと、むくれた。

9月19日に長期滞在の用意をして実家へ行き、父のいる施設へ行った。
父は酸素マスクをしていた。高熱があり、胸が大きく上下する呼吸をしていた。肺に雑音があると看護師にいわれた。
いわゆる努力呼吸なんでしょうかと尋ねると、「そのうち肩で呼吸をするようになります」とのことだった。

別の看護師に、危篤という状態なんでしょうかと尋ねると、「いや、まだそこまではいってません」といわれた。

父は声がだせなかったが、目は薄く開けていた。わたしと母と魔女叔母が話しかけたり、熱いひたいに触ったり、手を握ったりした。
帰ろうとすると、父は左手をあげた。薄い布団の下がむくむくと盛りあがり、父が左手をあげてくるのがわかるのだ。わたしたちは父の熱い左手を握ったりさすったりした。
帰ろうとすると、また父が左手をあげる。
何度もそれを繰り返した。

その日は敬老会の催しが施設であり、紅白のお祝い饅頭が父にも配られた。
「おとうさん、紅白のお饅頭、おとうさん、食べられないよね、代わりにわたしが持って帰って食べてあげるね。もう日が暮れるから帰るけど、また明日来るからね」

父はかすかにうなずいた。
実家へ向かう車の中で、母と叔母とわたしと、「まだ手が熱いね、おとうさんの熱が残ってるね」といいあった。父が熱になってどこまでもわたしたちに付いてきている、という感触だった。

叔母が寝る前に布団を敷きながら、「今夜は電話はかかってこんわな」といい、母も寝る直前まであいかわらず数独をしていた。
「長引くようなら、いったん家に帰ろう」と夫もいった。

で、つまりは、その翌日の明け方に、施設から電話があり、「息をしていない」といわれたのだった。
息をしていない? また息をするのでしょうか、と一瞬聞き返すところだった。

きびしい残暑が続いていたが、父の逝った20日から雨のために急に涼しくなった。通夜から葬儀の日まで3日間、最高気温が25度を下回っていた。
父の葬儀は、22日だった。

やっぱり22日だったね、と皆、不思議な気分だった。

で、これは数日前に気がついたのだが、
弟の形見のCDを偶然かけた9月9日(弟の誕生日)から、11日めがちょうど20日、父の逝った日なのだ。99、11、22。

ゾロ目の誕生日だった弟が、その日をゾロ目で知らせようとした。雨を降らせてわたしたちを過ごしやすくしてくれた。わたしたちが実家で最短の宿泊ですむように、ちょうどいい時に父を迎えにきてくれた。・・・と、まあ、そう思うのもこの特別な期間のことだから・・・。

ところで、敬老のお祝いの紅白饅頭は、むろんわたしが食べるわけもなく、棺にいれて持たせてあげた。最後の最後まで、ふざけて意地悪なこといって、ごめんね、おとうさん。

最後に母に「ありがとう」をいえなかったのが心残りだという、友人のことばがずっと頭にあった。
わたしもいえなかった。いうと、それが最後になってしまいそうで、父にもう最後だと告げるようにも思えて、いえなかった。
でも、きっとわかってくれるよね、ありがとう、おとうさん。

(つづく)







[2017/01/11 13:50] | 不思議
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scheherazade
このブログを読みながら、画面の左上のタグを見ると、そこにWatch 11/22/63とありました。「1963年11月22日」のことで、僕がこれから見ようとしていたTVシリーズのタイトルです(原作byスティーブン・キング)。

Re: タイトルなし
風のミランダ
scheherazade さん、アイデンティティ クライシス直後でお忙しいにもかかわらず、コメントありがとうございます。v-254

調べたところ、ケネデイ暗殺の日ですね。そのタイトルのドラマは、こちらの地方の番組表には、残念ながら見当たりませんでした。
ゾロ目に注目すると、次つぎにゾロ目が襲来するようですね。^ - ^

申しそびれましたが、お身体、大切になさいますように。ついでに禁煙も試みられるのでしたら、濃い烏龍茶を飲むと、不思議に煙草への欲求がおさまります。酒もタバコもやらないなんて、人生つまらんではないか、と一時は思いましたが、煙たくない人生もつまらなくてシミジミとして、またいいものです。そのうち吸ってやる、飲んでやる、という夢をいつまでも持つことができて楽しいです。(^ ^)


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このブログを読みながら、画面の左上のタグを見ると、そこにWatch 11/22/63とありました。「1963年11月22日」のことで、僕がこれから見ようとしていたTVシリーズのタイトルです(原作byスティーブン・キング)。
2017/01/12(Thu) 22:24 | URL  | scheherazade #4dLhjjEs[ 編集]
Re: タイトルなし
scheherazade さん、アイデンティティ クライシス直後でお忙しいにもかかわらず、コメントありがとうございます。v-254

調べたところ、ケネデイ暗殺の日ですね。そのタイトルのドラマは、こちらの地方の番組表には、残念ながら見当たりませんでした。
ゾロ目に注目すると、次つぎにゾロ目が襲来するようですね。^ - ^

申しそびれましたが、お身体、大切になさいますように。ついでに禁煙も試みられるのでしたら、濃い烏龍茶を飲むと、不思議に煙草への欲求がおさまります。酒もタバコもやらないなんて、人生つまらんではないか、と一時は思いましたが、煙たくない人生もつまらなくてシミジミとして、またいいものです。そのうち吸ってやる、飲んでやる、という夢をいつまでも持つことができて楽しいです。(^ ^)
2017/01/12(Thu) 22:55 | URL  | 風のミランダ #-[ 編集]
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