悲観、楽観に傾かず、水平飛行でまいります。上空、笑い、いささか寒うございます。お乗りのかたは、マフラー、手袋をお忘れなく。
きのう、午後からの乗馬の予約をしていた。午前中はずっと雨だった。
1時間前に中止の連絡があった。けれど、ぎりぎりになって雨がやめば、騎乗できる。
雨雲のレーダーを見て、ちょうど乗る頃にはやむかな、と思った。で、厚化粧をして騎乗用の服を着てでかけた。が、ちょうど馬場に着いたときには、傘がいるほどの雨になっていた。

残念。
(あ、残念って、念が残るって書くのか。怖)

以下は1週間前の騎乗のこと。
6月17日 161鞍め
もみじ  B先生

暑い日だった。
ハミをつける前に、手をパクッと噛まれた。何かが気にいらなかったようだ。(後ろ足の裏掘りのとき、足をあげたがらないもみさんの足を長くあげさせたからかな。そのときは怒ったようにカン、と蹴りがでたけど)

手の全体を、パクッと噛まれた、といっても、本気ではない噛みかただったので、まったく怪我はなし。
でも、この施設で口カゴのいる3大噛みつき馬のひとりがもみさんだ。用心しなくっちゃ。

さてと、
騎乗については、
巻き乗りが、その前のときよりうまくいかなかったのを覚えている。

同じもみさんだったけど、その日によって調子が違うのだろう。暑くて不機嫌になる馬と、まったく関係なく、ぽわん、としている馬とがいるそうだ。もみさんは不機嫌のほうね。
けれど、調子が悪いのはわたしのほうだったかも。

足の位置がぶれるのを何度も注意された。キャクがよく効く位置があるそうで、それがうまくつかめない。前すぎたり、後ろすぎたりしてしまう。

だいたい、わたしはこの騎乗後、家の廊下でまたも同じ左足の小指を壁の角にぶつけたのだ。ふつうの生活をしていても、足の位置がよくわからなくて壁にぶつけるんだから、走っている馬に乗っているときの足の位置なんてまったく、そんなもの、意識を向けていたって、よくわからないのだ。

軽速歩では、
立ちすぎて、踵をあげてしまう、ということが起こる、らしい。
踵をあげずに立つのは、立つうちにはいらない気がして、一所懸命立とうとしてしまうのだ。一所懸命はよくないなあ。ちょっと不真面目なくらいがちょうどいいのかも、何事も。

この日は、ともかく、駈歩の練習。
何度も、何度も。
止まってしまうのはなぜか。もみさんが、怒って蹴ったのか、つまずいただけなのかを、そのつど考える。
駈歩の練習は楽しい。身体も楽だ。乗って、乗って、姿勢がどうなっているか、考える。
考えるけど、考えすぎないで、乗る。もみさんの駈歩は、合図があいまいでもだしてくれるから、楽しい。

あ、文章を読み直してみて気がついた。訂正。わたしが考える前に、先生に指摘されていた。指摘されて、考えて、乗る。その順番でした。自分で全部わかるようになれば、うまくなったといえるんだろうな。

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お手入れのときは、不機嫌だったけど、走っているときは、そう不機嫌でもなかった、もみさん、ありがとう。
ハミの上から無口頭絡をつけて、引き馬の待機中。

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気前よく引き馬にでていくもみさん。

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ちいさな男の子がお客さん。もみさん、お仕事、ご苦労さまです。
もみさんはポニーのぶーちゃんが好きなので、ちいさな人間の男の子を乗せるのも喜んでいるのかもしれない。







[2017/06/26 21:45] | 乗馬
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ある日の夜は、
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実家近くの散歩で、水田に映る家のあかりを眺め、

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またある日の夜は、名古屋のテレビ塔とオアシス21を眺める。

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サンタ「そうさ、近頃ミランダは、夜遊びが過ぎるのだ」

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ガブリエル「酩酊の夜の徘徊なるべし・・・」

ミランダ「ムッ。気は確かだし、お酒もはいっていませんよ。ちゃんとした用事です。明日からは、ブログを書く時間がとれるかな」



[2017/06/23 23:10] |
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『やすらぎの郷』はシルバー向けのドラマということだ。とっくに高齢化社会になっていて、退職した人たちがTVにかじりついている、あるいはTVをつけっぱなしにして生活しているというのに、今頃シルバー向けドラマだなんて、遅すぎるくらいだ。

有吉佐和子原作『三婆』は、本妻、妾、小姑が、主人亡き後、同じ家に住むことになってしまった物語だ。3人同居の奇抜な着想がおもしろく、つい最近その台本を読みもしたのだが・・・、

なんといっても、現在のリアリティということでは、『やすらぎの郷』がすごいと思える。
TVに関わった人たちだけの特別な老人向け施設という設定だ。俳優やその関係者の特殊な社会であるはずの施設が、こうも一般人であるわたしの身にしみるのは、倉本聰氏のすごさだ。

俳優のあて書きと思われるゆえ、最初はそのあたりの覗き趣味的興味があった。が、ドラマが進んでくるにしたがって、興味は妙味のあじわいに変化した。

ともかく個性の描きわけがすごい。しかも奇抜なところがあって洒落ている。
たとえば、姫の「わたしね、怒ると眠くなるの」だったり、往年のプレーボーイ秀さんの猫の泣き声のようないびき、などなど。

釣りをしながら3老人が、亡くなった女房について語っている。若い女房に会いたいか、歳とった女房に会いたいかについて、大納言がいう。「おれは、歳をとった女房に会いたいよ。話すことがたくさんあるんだ」そういって涙ぐむ。

そうだよ、そうだよ。畳と恋人は新しいのがいいが、女房は古いのがいいに決まっている。

さて、このところハワイから訪ねてきた小春という元女優のエピソードが続いていた。アメリカで活躍していると思われていた小春は、じつはまったく売れず、アメリカのホテルで掃除婦をして生活していた。それを元プロデューサーの男が拾い、ハワイで一緒に暮らしていた。

元プロデューサーは、小春を利用して詐欺をはたらき、行方をくらます。嫌われものの小春はこの施設に住みたいと願いでるが叶えられない。小春は施設で騒動を起こしたことを懺悔し、施設をでていった。最後に思いがけず見送りの人があり、小春は餞別を渡される。分厚い餞別だ。20万くらいは、はいっていそうだ。小春は泣きながら受けとった。

ああ、よかった。これで小春は、生活保護を申請して、それが支給されるまで、なんとかこのお金で生きられる、と昨日思った。
そして、今日、ドラマの最後に、小春が飛び降り自殺をしたことが新聞で伝えられた。

ああ、死なせたのか、とショックだった。
小春が死んでいなければ、今日、わたしは別の内容をブログに書くところだったのだ。

小春は、生活保護の申請をしたのかしら。申請してもすぐにはもらえなかっただろうな。ハワイ在住だったし。所持金が底をついて、もうどうにもならなかったのだろう。金の切れめが命の切れめ。うーん、掃除婦をしてでも生きてきた、たくましい小春を、死なせたのか、うーん。厳しい選択だなあ。人がどうあがいても、どうにもならないことってある、そんな社会への怒りの抗議なのかもしれないな、倉本聰の。

そういえば、『北の国から』で、切羽詰まった女教師が、UFOに連れさられるエピソードがあった。どうにもならない生の、最後の拠り所としての、この世ではない世界・・・。倉本聰の優しさ。

・・・と、まあなんというか、虚構と現実とがあいまいになるほど、小春のエピソードにいれこんでしまったのだった。

冨士眞奈美の演技がリアリティがあったからだろう。驚くほどの長い台詞で過去を語るのが、ほんとうに真に迫っていた。

小春をいたわる秀さんのやさしさにもグッときた。

たまたまひと月ほど前に、台本を10本ほど読んだこともあって、すぐれた脚本とは、どういうものか、ぼんやりと考えたりもしてみた。

ふと思ったことは、いかに常識をつき崩す視点を持てるか、だった。常識にまみれた人物像など凡庸で退屈だ。倉本聰は違う。

人間洞察もユニークな人物像も、常識の膜を破らないかぎり掘り起こすことはできない。そして、今、目の前にあるものに対し、いや、そうではない、とアンチの槍をつきさすためには、作家は不幸であるか、不幸を感じる能力を持つことが必要なのかもしれない。

いや、しかし、それにしても、強行採決がなされるほどの野蛮な国にわたしたちは生きているのだな。

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葉っぱのついた顔のままで水を飲むサンタ。明日は美容室でトリミングだよ。












[2017/06/15 21:45] | TVドラマ
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6月10日 160鞍め
もみじ  KG先生

怪我をしたり忙しかったりで、前回騎乗してからひと月たってしまった。
左ひとさし指の怪我はいまだに治りきっていない。が、手綱を持つぶんにはまったく問題ない。

じつは、5月24日に指を怪我し、その数日後に左足の小指を壁の角にぶつけた。さいわい骨折ではないようだ。が、内出血して少し腫れた。それがいまだに治らない。痛みが拡散して歩くと少し痛い。

が、乗馬には、足の小指あるいは足の外側の広範囲が痛くても、まったく問題ない。ま、だいたい、乗馬を始めた1日めにして足の小指をレッツに踏まれ、その1週間後には、騎乗したからね。

KG先生はひさしぶり。調馬策をつけるかどうか聞かれた。
わたし「もみさんには慣れているから、大丈夫です」

常歩で半巻き乗りや巻き乗りをした後、
軽速歩、正反動でも巻き乗り。

先生「身体をまっすぐに立てて。足が前へ流れると、身体が寝てしまいます」
なるほど。なるほど。

足の先が外向きになっているのを注意された。そうだ、もみさんはキャクにうるさいから、特に気をつけなくちゃ。

先生「手に頼らない。腹筋、背筋を使う」
手に頼っているつもりはないんだけど、よくいわれる。が、腹筋、背筋、ともかく下半身でバランスをとることに意識を向けると、調子がよくなってくる。

駈歩。
先生「お尻をやわらかくして。踵をさげて」
ひさしぶりのもみさんの駈歩で、リズムが合わないのか、ババンとお尻を打ってしまうことがある。けれど、今日はそれだけはまぬがれた。

先生「お尻をやわらかくして、ともかくお尻を鞍の同じ位置に落とす。踵をさげて」

だんだん駈歩が続くようになってきて、
先生「1周したら常歩に落として」
わああ、残念。もっと続けたーい。と、思ってしまうところまでできた。うっふ。
やっぱり駈歩は気分がいいなあ。

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暑い日だった。
午後1鞍めの後、水をかけてもらっているもみさん。ホースの手はKG先生。
(わたしは午後2鞍めでした)

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わあ、もみさん、じじむさくてかわいい!
(これも午後1鞍め後の休憩で、くつろいでいるもみさん)

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あ、ごめんね、もみさん。じじ、じゃなくて、洟たれ小僧だね。
あれ?  その、たれた洟、赤いね。

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人参を食べていてブフィとなったとき、人参のかけらが洟についたんだね。

ところで、騎乗後のお手入れは、この季節、まる洗いをする。
左のひとさし指の怪我は、ずっと水に濡らさないようにしてきた。で、お手入れでも濡らさないよう、ビニール手袋を持ってきたはずだったが、ない。

しかたがない。左手はホースを持つ。濡れるのは右手だ。しぶきが飛ぶかもしれないから、騎乗用の手袋をして水洗い(実際にはお湯)するか、と思っていたところ、

KG先生が遠くから、「ミランダさーん、急に引き馬をすることになったので、お手入れいいですよ」
ですって。

わあ、なんて、ラッキー。

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というわけで、もっと人参を欲しそうだったもみさんを後にして、立ち去った。
ありがとう、またね、もみさん。
引き馬、もみさんの好きなかわいい子だといいね。

でも、もみさん、期待も文句もなく、ただボーっと、洗い場にたたんずんでいた。





[2017/06/11 23:10] | 乗馬
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うちで初めて咲いたカインダブルーの花。小さな虫食いが哀れ。

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が、しかし、このカインダブルー、それ以後に咲く花がめっぽう元気だ。
雨嵐なんて、へっちゃら。花期も長い。

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サンタは鼻で花を咲かす。その花の名はプシュケ。

(ところで、前回の観劇感想は、加筆訂正しました)

偶然て、おもしろい。
このあいだのこと。

数か月間、スーパーの日用品売り場で、もうずっと爪楊枝を探していた。どうしても見つけられなかった。ついにうちの爪楊枝があと数本しかなくなり、爪楊枝がどこにあるか、店員さんに聞かねばならなくなった。

レジにいた店員さんに、あのう、という顔で近づいていくと、
「何かお探しですか」
「はい、爪楊枝の売り場はどこでしょうか」
「あ、今、あのお客さまが、爪楊枝をお探しで、今、係のものがご案内するところです。どうぞ、ついていってください」

数メートル先に、中年過ぎの男性が、係の女性に案内されていくところだった。
爪楊枝は日用品ではなく、行楽用品売り場にあった。が、まあそんなことはどうでもよい。

問題は、なぜこうもグッドタイミングで爪楊枝を探していた男性にでくわしたか、ということだ。
売り場で探し物が見つからないとき、たいていはそれがどこにあるか尋ねる。が、この爪楊枝にかぎっては、近くのスーパーでもあるし、店員さんにわざわざ聞くのが億劫だったのだ。

何度も自分で探し、見つからないまま数か月たってしまった。数か月のあいだに、この偶然が用意されたのかしら。つまらない偶然だし、書いてしまえば、どうってことはないのだけれど。

いやもう、その場でこの偶然に行き当たったときは、ほんと、笑えた。なんなんだ!
そして、後で、ちょっぴり怖い。目に見えぬ世界の経綸が。



[2017/06/04 21:55] |
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